本棚に並ぶ分厚い本を見て、「これは読むのに時間がかかりそうだな」と感じたことはありませんか。ずっしりとした重み、存在感のある背表紙──そんな本を、読書好きの間では「サイコロ本」と呼ぶことがあります。
サイコロ本は、正式な出版用語ではありません。それでもこの言葉には、分厚い本に向けられた親しみや、少しの覚悟、そして読む前のワクワク感が込められています。なぜ分厚い本は「サイコロ本」と呼ばれるようになったのでしょうか。
この記事では、「サイコロ本」という言葉の意味や由来をはじめ、似た呼び名との違い、見た目や重さといった物理的な特徴、そして現代の読書文化との関わりまでを、やさしく解説していきます。分厚い本に少し身構えてしまう方も、「サイコロ本って面白そう」と感じていただけるきっかけになればうれしいです。
サイコロ本とは?分厚い本を指すユニークな俗称

サイコロ本とは、ページ数が非常に多く、見た目にもずっしりとした厚みのある本を指す、読書家の間で使われている俗称です。出版社や書店で定められた正式な分類ではなく、読者同士の会話やレビューの中から自然に広まっていった言葉とされています。
「この本、まるでサイコロみたいに分厚いね」といった、ちょっとした感想がきっかけとなり、多くの人に共有されていったと考えると、その成り立ちにも親しみが感じられます。
サイコロ本の意味と定義
サイコロ本には、明確なページ数やサイズの定義があるわけではありません。一般的には700ページ前後を超えると「かなり分厚い本」という印象を持たれやすく、サイコロ本と呼ばれることが多いようです。ただし、文字の大きさや紙の厚さ、判型によって実際の厚みの感じ方は大きく変わります。
そのため、サイコロ本かどうかは数字だけで判断されるものではなく、見た目や手に取ったときの感覚も含めて判断される、少し感覚的な言葉だといえるでしょう。
なぜ「サイコロ」と表現されるのか
サイコロ本という名前の由来は、その立体的な見た目にあります。縦・横・高さのバランスが取れた分厚さは、ころんとしたサイコロを思わせます。手に持ったときの「どっしり感」も、この名前が定着した理由のひとつです。
「分厚い本」という言い方よりも、「サイコロ」という表現の方が、どこかやわらかく、愛着を込めて語れる点も、この呼び名が広まった理由かもしれません。
一般的な分厚い本との違い
ページ数が多い本は数多くありますが、サイコロ本と呼ばれる本には、数字以上の存在感があります。
手に取ったときの重量感や、本棚に置いたときの圧倒的な存在感まで含めて、「これはサイコロ本だな」と感じられることが多いのが特徴です。
サイコロ本という言葉はいつ生まれたのか

サイコロ本という言葉には、はっきりとした誕生時期や提唱者が記録されているわけではありません。
分厚い本が話題になるたびに、読者同士の何気ない会話の中で自然と使われるようになり、少しずつ定着していったと考えられています。
言葉が誕生した背景
サイコロ本という言葉には、はっきりとした誕生時期や提唱者が記録されているわけではありません。読書の感想を共有する場面で、「この本、サイコロみたいだね」といった表現が生まれ、それが繰り返し使われるうちに、一種の共通語として定着していったのでしょう。
堅苦しい専門用語ではなく、感覚的に伝わる言葉だったことも、広まりやすさにつながったと考えられます。
ネット・口コミを通じた広まり
読書レビューサイトやSNSの普及により、本の感想を気軽に発信・共有できるようになりました。その中で、「これはまさにサイコロ本」といった表現が使われるようになり、言葉として広く知られるようになっていきます。
分厚い本に対する少しの覚悟と、同時に芽生える期待感。その両方をひと言で表せる便利な言葉だったことも、定着の理由のひとつでしょう。
書店や出版の現場での扱われ方
サイコロ本はあくまで俗称のため、公式な分類として使われることはほとんどありません。
ただし、書店員さん同士の会話や、読者とのやり取りの中では通じる言葉として使われることもあり、現場レベルでは一定の認知を得ている表現だといえます。
サイコロ本と似た呼び名との違い

分厚い本を表す言葉は、サイコロ本以外にもいくつか存在します。似ているようで、実はそれぞれ少しずつニュアンスが異なります。
レンガ本との違い
レンガ本は、横に長くずっしりとした、積み重ねたレンガのような見た目を強調した表現です。重量感や安定感が前面に出る言葉であるのに対し、サイコロ本は立体感やころんとした印象が強調されます。
鈍器本との違い
鈍器本は「うっかり落としたら危ない」「持ち歩くと腕が疲れる」など、その重さを少し大げさに、ユーモアを込めて表現した言葉です。サイコロ本が愛着を含んだ呼び名であるのに対し、鈍器本は重さそのものを強調した、ややインパクト重視の表現といえるでしょう。
呼び名ごとのニュアンス
いずれも分厚い本を指す言葉ですが、サイコロ本は「親しみ」、レンガ本は「重量感」、鈍器本は「ユーモア」と、それぞれ異なるニュアンスを持っています。その違いを知ると、言葉選びも少し楽しくなります。
サイコロ本の物理的な特徴

分厚いサイコロ本には、見た目にも、実際に手に取ったときの感覚にも、いくつか共通した特徴があります。
本棚に並べたときの存在感、持ち上げたときのずっしりとした重み、ページをめくるときの紙の重なり――そうしたひとつひとつが、サイコロ本ならではの「特別感」をつくり出しています。
ここでは、そんな物理的な特徴を、もう少し詳しく見ていきましょう。
ページ数・厚みの目安
サイコロ本と呼ばれるかどうかに、明確な基準があるわけではありませんが、一般的には700ページ前後を超えると「かなり分厚い本」という印象を持たれやすく、サイコロ本と呼ばれることが増えてきます。
ただし、同じ700ページでも、文字の大きさや行間、紙の厚さによって、実際の厚みの感じ方は大きく変わります。文字が小さく詰まっている本は見た目以上に情報量が多く、逆に紙が分厚い本は、ページ数が少し少なくても「立派なサイコロ本」に見えることもあります。
このように、サイコロ本は「ページ数だけ」で決まるものではなく、見た目と手触りの両方で感じ取られる存在だといえるでしょう。
重さ・判型による印象の違い
同じページ数の本でも、文庫サイズか、単行本サイズか、ハードカバーかによって、重さや持ちやすさは大きく異なります。文庫サイズのサイコロ本はコンパクトに見えても、中身がぎっしり詰まっているため、意外とずっしり感じることが少なくありません。
一方、ハードカバーのサイコロ本になると、表紙自体の重さも加わり、手に取った瞬間から「これはなかなかの重量だな」と実感することが多いでしょう。ベッドで読むときに顔の上に落としてしまわないよう、少し注意が必要になるほどです。
この「持つだけで伝わる重み」もまた、サイコロ本ならではの特徴のひとつです。
装丁デザインと存在感
サイコロ本は、その厚みゆえに、背表紙や表紙のデザインも自然と重厚感のあるものが多くなります。背表紙が太く、タイトルが大きく入っているものは、本棚に並べただけで視線を引きつけます。
「読むつもりで買ったけれど、まだ手をつけられていない」そんなサイコロ本が、本棚の一角で静かに出番を待っている――という方も多いのではないでしょうか。
いつかは読もう、時間のあるときにじっくり向き合おう。そう思わせてくれる存在感も、サイコロ本ならではの魅力といえます。
サイコロ本と現代の読書文化

短い文章や要約が好まれる現代において、サイコロ本のような長編作品は、一見すると時代に合わないようにも感じられます。
忙しさや生活スタイルの変化により、長い本を読む時間を確保しにくくなっていることから、長編離れが進んでいるともいわれています。
しかし効率よく情報を得る短編・要約文化が広がる一方で、時間をかけて物語に没頭する体験の価値も、あらためて見直されています。
サイコロ本が読み継がれているのは、時間をかけてしか味わえない読書体験が、今も多くの人に求められているからです。
サイコロ本という言葉が映し出す本の存在感
サイコロ本という言葉には、分厚い本に向けられた少しの覚悟と、大きな期待が込められています。効率やスピードが重視される時代の中で、あえて一冊の本と長く向き合う。その時間そのものが、静かな豊かさをもたらしてくれるのかもしれません。
分厚い本を前にしたときの高揚感や、読み進める楽しさ。その存在感こそが、サイコロ本という言葉が今も使われ続けている理由なのでしょう。

